ヨハン・ネポムク・ホフジンサー
Johann Nepomuk Hofzinser

「カードマジックの父」。本業を持ちながら、小さなサロンでカードの芸を作り上げた。
- 生
- 1806-06-19
- 没
- 1875-03-11
- 国・拠点
- オーストリア
- 時代
- 近代奇術の黎明
いま世界中で演じられているカードマジックには、出発点にあたる人物がいる。ウィーンのホフジンサーである。彼は職業の奇術師ではなかった。本業を別に持ちながら、小さな部屋でカードの芸を作り上げた。
主な功績
- ウィーンに生まれ、ウィーンで没した
- 職業奇術師ではなく、本業を別に持つ演者だった
- とくにトランプを用いた小さな演目の考案において、屈指の存在とされる
- 現代のカードマジックの担い手たちから「カードマジックの父」と呼ばれている
- 大劇場ではなくサロンで演じ、至近距離の芸の様式を早くから確立した
職業ではなかった
ホフジンサーは1806年6月19日、ウィーンに生まれた。そして1875年3月11日、同じウィーンで世を去っている。
彼について最初に記しておくべきなのは、彼が職業の奇術師ではなかったという事実である。本業を別に持ちながら演じていた。
これは彼の芸の性格を決めている。大劇場を満員にする必要がない。巡業しなくてよい。毎晩演じなくてよい。その代わり、自分が納得できるものだけを作ることができた。
サロンという場所
彼が演じたのは、大劇場ではなくサロンだった。
19世紀のウィーンにおけるサロンとは、個人の邸宅などで開かれる小規模な集まりである。客席は数十人、演者との距離は数メートル。そういう場所で、彼はカードの演目を演じた。
これは至近距離の芸の様式を、きわめて早い時期に確立したということである。 ダイ・ヴァーノンがマジック・キャッスルでクロースアップを芸術として定着させるのは、ここから約90年後になる。
ホフジンサーはその原型を、19世紀半ばのウィーンですでに作っていた。
「カードマジックの父」
彼は、とくにトランプを用いた小さな演目の考案において、屈指の存在とされる。
そして現代のカードマジックの担い手たちから「カードマジックの父(Father of Card Magic)」と呼ばれている。この呼び名は、後世が贈ったものである。彼自身が名乗ったわけではない。
つまり彼の評価は、同業者による長期の再検証を経て確立したということだ。演じた本人が死んで100年以上たっても、技法を研究する人々が彼の名前を挙げ続けている。
ダイ・ヴァーノンが古い文献を掘り起こして先人の技法を検証したように、ホフジンサーの仕事もまた、後の世代によって読み直され続けてきた。
系譜のなかで
カードマジックの流れを大まかに書くと、こうなる。
ホフジンサー(1806–1875)が原型を作り、20世紀にダイ・ヴァーノンが体系化と教育を担い、そこから現代のクロースアップが広がった。21世紀にシン・リムがカード一組で世界的な舞台に立つのも、この線の先にある。
トランプ1組。それだけで200年続いている。
ホフジンサーが示したのは、道具の少なさが表現の狭さを意味しないということだった。
代表的な演目・著作
- カードを用いた多数の演目の考案
- サロンでの至近距離の公演様式
年表
確認できた年のみを記載しています。
- 1806 6月19日、ウィーンに生まれる
- 1875 3月11日、ウィーンにて死去
親子で観るときの注目ポイント
- トランプ1組でどこまでできるかを見てください。道具の少なさと表現の幅は反比例しません
- 小さな部屋で演じる芸は、大劇場とは設計が違います。距離を意識しながら観てみてください
- お子さんには「200年前にトランプのマジックを作った人だよ」と伝えてみてください
このサイトでは種明かしをしません
マジックのタネや仕掛けの解説は一切掲載していません。知らないまま驚けることこそが、この芸のいちばんの価値だと考えているからです。
公式リンク
出典
このページの生没年と実績は、以下の資料で確認しています。
- Johann Nepomuk Hofzinser | Card Magician, Mentalist & Illusionist Encyclopædia Britannica
- Johann Nepomuk Hofzinser Wikipedia(英語版)
- Johann Nepomuk Hofzinser Magicpedia(Genii Magazine)