ダイ・ヴァーノン
Dai Vernon
「教授」と呼ばれた男。至近距離の芸を、独立した芸術に引き上げた。
- 生
- 1894-06-11
- 没
- 1992-08-21
- 国・拠点
- カナダ生まれ/アメリカで活躍
- 時代
- 技芸の洗練
大劇場の時代が終わったあと、マジックは観客との距離を詰めていった。テーブルひとつを挟んだ至近距離。そこを芸術の場所として確立したのがダイ・ヴァーノンである。98年の生涯のほとんどを、手の研究に使った人だった。
参考映像(非公式)
以下は公式チャンネルではなく、第三者がアップロードした映像です。当サイトでは埋め込まず、リンクのみを掲載しています。権利者からお申し出があれば速やかに取り下げます。
- 演技の記録映像(複数の断片) チャンネル: Road2Wisdom
- ディック・カヴェット・ショー出演時の演技 チャンネル: bodwisa
- カップとボール チャンネル: Worldwide Magic (Magic Videos)
- 記録映像 チャンネル: Vintage Magic Archives
主な功績
- カナダ・オタワ生まれ。生涯を通じて手の技術の研究に打ち込んだ
- フーディーニを見破ったという逸話が広く語り継がれている
- ロサンゼルスのマジック・キャッスルに長年在籍し、若い演者を直接指導した
- 門下・薫陶を受けた演者は世界中に広がり、現代クロースアップの系譜の源流となった
名前を短くした男
彼は1894年6月11日、カナダ・オンタリオ州オタワに David Frederick Wingfield Verner として生まれた。ダイ・ヴァーノンという通称は、この長い本名から来ている。
若い頃から手の技術に没頭し、それを生涯やめなかった。ただし彼の場合、「没頭した」という言葉の意味が普通とは違う。
生計は、はさみで立てていた
ヴァーノンの経歴で最も特異な点は、彼が奇術で生計を立てていた期間が長くないことである。
彼はアトランティックシティなどの行楽地で、シルエット切り絵の職人として働いていた。客の横顔を黒い紙から切り抜く仕事である。生活費はこれで稼ぎ、奇術は研究の対象として追い続けた。
大劇場を満員にすることも、テレビに出ることも、彼の目標ではなかったらしい。彼が求めたのは、技法として正しいものは何かという一点である。
だからこそ彼は「教授(The Professor)」と呼ばれた。古い文献を掘り起こし、先人の技法を検証し、自分で組み直す。マジックを体系的な知識として扱った人物だった。
フーディーニを見破った話
ヴァーノンにまつわる逸話でもっとも有名なのが、フーディーニを見破ったという話である。
当時のフーディーニは、どんなマジックでも数回見れば見抜けると公言していた。ヴァーノンは「アンビシャス・カード」という演目を7回続けて演じ、フーディーニに見抜かせなかったと伝えられている。この一件から、彼には「フーディーニを見破った男(The Man Who Fooled Houdini)」という異名がついた。
逸話の細部については語り手によって差もある。だが重要なのは、この話が100年近く語り継がれてきたこと自体だろう。当時のマジック界において、彼の技術がどう見られていたかを示している。
1963年、マジック・キャッスルへ
1963年、ヴァーノンはロサンゼルスのマジック・キャッスルに迎えられる。以後、彼は数十年をそこで過ごした。
そこで彼がしたのは、若い演者を直接指導することである。名前を挙げれば、リッキー・ジェイ、パーシ・ダイアコニス、ダグ・ヘニング、ブルース・サーヴォン、ラリー・ジェニングス、チャック・フェイン、マックス・メイヴン、マイケル・アマー、ジョン・カーニー。現代クロースアップ・マジックの主要な名前が、ほとんどここに並ぶ。
これが決定的だった。彼の考え方は、書物としてだけでなく、人から人へ直接渡された。彼に学んだ者が世界中に散り、それぞれの土地で次の世代を育てた。
演目ではなく、演者を残した
ヴァーノンは1992年8月21日、98年の生涯を終えた。
彼は大スターではなかった。派手な興行記録も、映像で残る代表作も少ない。それでも現代のクロースアップ・マジックの系譜をたどると、多くの道が彼に戻ってくる。
彼が残したのは演目ではなく、演者だった。 有名になることと上手であることは別だという、これはひとつの見本である。
至近距離のマジックには、大劇場にはない条件がある。角度をごまかせない。やり直しがきかない。観客の手が届く。その厳しい条件下で成立するものを、生涯かけて詰めた人がいたからこそ、いまテーブルの向こうで起きることが芸術として成り立っている。
代表的な演目・著作
- 「アンビシャス・カード」— フーディーニを見破らせなかったと伝えられる演目
- アトランティックシティなどでのシルエット切り絵。演者として立つ前の生業
- マジック・キャッスルでの後進の指導。リッキー・ジェイ、ダグ・ヘニング、パーシ・ダイアコニス、ラリー・ジェニングス、マックス・メイヴン、マイケル・アマーらが学んだ
年表
確認できた年のみを記載しています。
- 1894 6月11日、カナダ・オンタリオ州オタワに David Frederick Wingfield Verner として生まれる
- 1963 ロサンゼルスのマジック・キャッスルに迎えられ、以後の数十年をそこで過ごす
- 1992 8月21日、死去
親子で観るときの注目ポイント
- 至近距離のマジックでは、演者の手が常に見えています。隠れる場所がない状態での技だと考えると凄みが増します
- 目線と会話に注目を。手だけでなく、間合いと言葉で成り立っている芸です
- お子さんには「こんなに近くで見ているのに、わからない」という体験そのものを味わってもらってください
- 有名になることと、上手であることは別だという例です。何を大事にするかは人によって違います
このサイトでは種明かしをしません
マジックのタネや仕掛けの解説は一切掲載していません。知らないまま驚けることこそが、この芸のいちばんの価値だと考えているからです。
公式リンク
出典
このページの生没年と実績は、以下の資料で確認しています。
- Dai Vernon | Canadian Magician, Card Trick Expert Encyclopædia Britannica
- Dai Vernon Wikipedia(英語版)
- Dai Vernon Magicpedia(Genii Magazine)
- Dai Vernon: A Biography(David Ben による評伝の紹介) Magicana