アレクサンダー・ハーマン
Alexander Herrmann

「偉大なるハーマン」。マジシャンといえばこの顔、と言われた時代の象徴。
- 生
- 1844-02-10
- 没
- 1896-12-17
- 国・拠点
- フランス生まれ/アメリカで活躍
- 時代
- 近代奇術の黎明
子どもに「マジシャンの絵を描いて」と言うと、たいてい似たような人物が出てくる。細い口ひげ、山高帽、黒いマント。その原型を作った実在の人物が、アレクサンダー・ハーマンである。彼は演目ではなく、職業の見た目そのものを後世に残した。
主な功績
- パリに生まれ、兄カールに続いて渡米。アメリカ巡業で絶大な人気を得た
- 尖った口ひげと山高帽という風貌が「マジシャンらしさ」の視覚的原型として広く定着した
- 舞台の外でも即興の演出を仕掛け、マジシャンを社会的な有名人にした
8歳で舞台に立つ
ハーマンは1844年、パリに生まれた。奇術師の一家で、ひと回り以上年上の兄カール(コンパルス・ハーマン)はすでに国際的に知られた演者だった。
弟にとって、この兄は手本であり目標だった。アレクサンダーは8歳で兄の一座に加わり、兄とともに世界を巡演している。物心つく前から舞台が生活の場だった人物である。
やがて彼は兄とは別に、アメリカを主戦場として自らの一座を率いるようになる。1876年7月、ボストンでアメリカ市民権を取得した。
「偉大なるハーマン」
19世紀後半のアメリカにおいて、彼はマジシャンという職業の顔そのものだった。「偉大なるハーマン(Herrmann the Great)」という呼び名が定着し、興行は大成功を収める。
彼の暮らしぶりは、その成功の規模をそのまま表している。巡業には専用の鉄道車両を使い、複数の邸宅とヨットを所有していた。マジシャンが富豪として暮らせる時代が、たしかに存在したのである。
姿が様式になる
ハーマンの外見上の特徴は、尖った口ひげと端正な礼装にあった。この風貌が広く知られたことで、「マジシャンとはこういう姿の人物だ」という視覚的な約束事が社会に定着していく。
ここが彼の最も大きな遺産である。演目は時代とともに入れ替わるが、職業のイメージは残る。現代のイラストやアニメに登場するマジシャン像は、100年以上前のこの一人の演者にまで遡ることができる。
舞台を降りても演者だった
ハーマンは劇場の外でも人を驚かせた。街角や食事の席で即興の演出を仕掛け、それが話題となって評判を呼んだ。舞台の内と外を切り分けず、常に演者であり続けたのである。
これは単なる気質の問題ではなく、興行の方法でもあった。当時は新聞が唯一の大衆媒体である。街で起きた出来事が記事になれば、それがそのまま宣伝になる。彼のやり方は、マジシャンを「舞台に出てくる職人」から「街の有名人」へと押し上げた。
妻アデレード
1875年、彼はアデレード・スカルセズと出会い、まもなく結婚する。アデレードは1853年にロンドンでベルギー人の両親のもとに生まれた女性だった。
以後、二人は夫婦で舞台に立ち、当時もっとも成功した組のひとつとなる。ここで重要なのは、彼女が「助手」ではなく演者として舞台に立っていたことである。
列車のなかで
1896年12月、ハーマンはペンシルベニアへ向かう列車のなかで心臓発作を起こし、そのまま世を去った。52歳だった。移動の途中で亡くなるという最期は、生涯を巡業に費やした人物にふさわしいとも言える。
彼に実子はなく、後継者としては甥のレオン・ハーマンが育てられていた。夫の死後、アデレードはまずレオンと組んで「ハーマン・ザ・グレート」の看板を引き継ごうとする。だが二人の関係は緊張をはらみ、その協働は長くは続かなかった。
その後アデレードは単独で舞台に立ち続け、「魔術の女王(Queen of Magic)」と呼ばれるようになる。ハーマン家の物語は、夫の死で終わらなかったのである。
遺したもの
アレクサンダー・ハーマンが遺したのは、記録に残る特定の演目ではない。マジシャンという職業が、社会のなかでどう見えるかという一点である。
その意味で、彼はいまも現役だと言っていい。マジシャンの絵を描く子どもがいるかぎり、彼の仕事は続いている。
代表的な演目・著作
- 全米を巡る一夜通しの大型公演。専用の鉄道車両で移動した
- 妻アデレードとの夫婦での舞台。アデレードは夫の死後も演者として活動を続けた
年表
確認できた年のみを記載しています。
- 1844 パリに生まれる。奇術師の一家で、ひと回り以上年上の兄カール(コンパルス)はすでに著名な演者だった
- 1852 8歳で兄の一座に加わり、兄とともに世界を巡演する
- 1875 アデレード・スカルセズと出会い、まもなく結婚。以後は夫婦で舞台に立つ
- 1876 7月、ボストンでアメリカ市民権を取得
- 1896 12月、巡業移動中の列車内で心臓発作により死去
親子で観るときの注目ポイント
- マジシャンの「見た目」がどれだけ演出の一部かを考えてみてください。姿かたちも芸のうちです
- 舞台の上だけが仕事場ではない、という発想に注目を。ハーマンは日常でも演じていました
- お子さんに「マジシャンってどんな格好だと思う?」と聞いて、その答えの出どころを一緒に辿ると楽しめます
- 家族で芸を継いでいく形もあります。誰かの技が誰かに渡っていく流れを想像してみてください
このサイトでは種明かしをしません
マジックのタネや仕掛けの解説は一切掲載していません。知らないまま驚けることこそが、この芸のいちばんの価値だと考えているからです。
公式リンク
出典
このページの生没年と実績は、以下の資料で確認しています。
- Alexander Herrmann Wikipedia(英語版)
- Alexander Herrmann Magicpedia(Genii Magazine)
- Compars Herrmann(兄カールについて) Wikipedia(英語版)