🇬🇧 1861–1918

チャン・リン・スー

Chung Ling Soo(本名 William Ellsworth Robinson)

チャン・リン・スー(H.R.エヴァンズ『The Old and the New Magic』1906年より)
チャン・リン・スー(H.R.エヴァンズ『The Old and the New Magic』1906年より)Henry Ridgely Evans, "The Old and the New Magic" (1906) / Public domain / 出典

生涯を「役」として生き切った、黄金時代でもっとも謎めいた舞台人。

生
1861-04-02
没
1918-03-24
国・拠点
アメリカ生まれ/イギリスで活躍
時代
マジックの黄金時代
ジャンル
ステージマジック ・イリュージョン

舞台の上で別の人物を演じる。役者なら当たり前のことを、彼は舞台を降りたあとも続けた。チャン・リン・スーという名は、演目ではなく人生そのものが一つの演出だった稀な例である。そして今日この人物を紹介するには、当時の舞台がどんな価値観の上に立っていたかにも触れなければならない。

主な功績

  1. アメリカ人 William Ellsworth Robinson として生まれ、中国人奇術師という舞台上の役柄を長年にわたり演じ通した
  2. 英国を中心に大変な人気を博し、黄金時代を代表する舞台奇術師のひとりとなった
  3. 1918年、ロンドンでの舞台上の事故により死去。演劇史上もっとも語り継がれる出来事のひとつとなった

名前を何度も変えた男

彼は1861年4月2日、ニューヨーク州ウェストチェスター郡に William Ellsworth Robinson として生まれた。

奇術の世界での前半生は、名前を変え続けた歴史でもある。初期には「Robinson, the Man of Mystery(謎の男ロビンソン)」を名乗り、暗黒芸(ブラック・アート)の演目ではアクメッド・ベン・アリ、のちにナナ・サヒブという名で舞台に立った。異国風の名前を掲げるやり方自体は、当時の興行では珍しくなかった。

二人の巨人の裏方として

彼の経歴で見落とされがちなのが、裏方としての長い実績である。

ロビンソンはアレクサンダー・ハーマンとハリー・ケラーの助手・舞台監督を務め、のちにレオン・ハーマンのもとでも働いた。19世紀後半のアメリカ奇術界で最も大きな二つの一座、その両方の内側を知る人物だったということである。

大型ショーがどう組み立てられ、どう回るのか。彼はそれを、演者としてではなく運営する側から学んだ。のちに彼自身が英国で長期興行を成立させられた背景には、この経験があったと考えるのが自然だろう。

1900年、役を得る

1900年、ロビンソンは自らを中国人奇術師として作り直す決断をする。

背景には、当時大きな成功を収めていた中国人奇術師チン・リン・フー(Ching Ling Foo)の存在があった。ロビンソンはその人気を踏まえて、チャン・リン・スーという役柄を立ち上げたのである。よく似た名前は偶然ではない。

そして彼は、その役を生涯にわたって演じ続けた。公の場でも役を崩さず、英語を話さない中国人として振る舞い、取材にも通訳を介して応じたと伝えられている。舞台と日常の境目を、彼は自ら消してしまった。

今日どう扱うべきか

この経歴を紹介するにあたっては、避けて通れない点がある。

チャン・リン・スーという役柄は、白人の演者が中国人を演じる、いわゆるイエローフェイスによって成り立っていた。今日の研究では、この点は彼を語る際の中心的な論点として扱われている。当時の欧米の舞台では「遠い国の神秘」という枠組みが強い商品価値を持ち、そうした演出が広く受け入れられていた。

それは当時そうだったという事実であって、現在の基準で肯定されるものではない。 この名鑑では、彼を黄金時代を代表する演者の一人として記録すると同時に、その名声がどのような仕組みの上に成り立っていたかも併せて記す。歴史を伝えるとは、都合のよい部分だけを残すことではないと考えるからである。

1918年3月24日、ウッド・グリーン

1918年3月24日、彼はロンドンのウッド・グリーン・エンパイア劇場での舞台上の事故により亡くなった。銃を用いる演目の最中の出来事だった。

この一件には、演劇史のなかで長く語り継がれてきた一節がある。その場で彼が発した言葉が、チャン・リン・スーを名乗って以来、公の場で英語を話した最初で最後の機会になったということである。18年間守り続けた役が、最後の瞬間に外れた。

舞台という仕事場

観客席から見れば、舞台は夢のような時間である。だが演者にとっては、全神経を使う仕事場でもある。この一件は、その事実を100年後の今日まで伝えている。

なお当名鑑は、事故の原因となった器具の構造については記載しない。仕掛けの解説をしないという方針に加え、それを書いても彼について理解が深まるわけではないからである。

代表的な演目・著作

  • 「Robinson, the Man of Mystery」— 役柄を得る前の芸名
  • アレクサンダー・ハーマン、ハリー・ケラー、レオン・ハーマンのもとでの助手・舞台監督としての仕事
  • チャン・リン・スーとしての英国での長期にわたる興行

年表

確認できた年のみを記載しています。

  1. 1861 4月2日、ニューヨーク州ウェストチェスター郡に William Ellsworth Robinson として生まれる
  2. 1900 中国人奇術師チャン・リン・スーという舞台上の役柄を始める
  3. 1918 3月24日、ロンドンのウッド・グリーン・エンパイア劇場での舞台上の事故により死去

親子で観るときの注目ポイント

  • マジシャンが舞台で「誰を演じているか」に注目してみてください。役柄も演出の一部です
  • 100年前の舞台には、いまとは違う時代の常識がありました。歴史として受け止めることが大切です
  • 親子で観るなら「本当の名前じゃない芸名って、なんのためにあるんだろう」と話すと面白いテーマになります
  • 舞台の裏方を長く務めた人が表に立つこともあります。裏方の経験が芸をどう支えるか考えてみてください

このサイトでは種明かしをしません

マジックのタネや仕掛けの解説は一切掲載していません。知らないまま驚けることこそが、この芸のいちばんの価値だと考えているからです。

公式リンク

  1. ブリタニカ百科事典(英語)

出典

このページの生没年と実績は、以下の資料で確認しています。

  1. Chung Ling Soo | Biography, Facts, & Death Encyclopædia Britannica
  2. Chung Ling Soo Wikipedia(英語版)
  3. Chung Ling Soo Magicpedia(Genii Magazine)
  4. Ling Soo, Chung, 1861–1918 シェフィールド大学アーカイブ
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