🇨🇳 1854–1922

チン・リン・フー

Ching Ling Foo(本名 朱連魁 / Chee Ling Qua)

チン・リン・フーの肖像
チン・リン・フーの肖像撮影者不詳 / Public domain / 出典

世界的な名声を得た最初の東アジアのマジシャン。その名を白人演者に模倣された当人。

生
1854
没
1922
国・拠点
中国
時代
マジックの黄金時代
ジャンル
ステージマジック ・マニピュレーション

東アジアのマジシャンとして初めて世界的な名声を得た人物である。そしてその名声の大きさゆえに、白人の演者に名前をそっくり真似された。マジック史でもっとも奇妙な立場に置かれた一人と言っていい。

主な功績

  1. 北京の郊外に生まれる。清朝の宮廷で西太后の前で演じ、宮廷奇術師に任じられたと伝えられる
  2. 1898年、アメリカ・オマハの万国博覧会での公演が大きな評判を呼んだ
  3. アメリカ、南アフリカ、ヨーロッパで公演し、東アジア人として初めて世界的な名声を得た
  4. フーディーニは彼を「super magician」と呼んだ
  5. 1905年1月、ロンドンで「本家の中国人奇術師」を名乗る争いが起き、チャン・リン・スーに1,000ポンドの挑戦状を送った

宮廷から

彼は1854年、北京の郊外に生まれた。本名は朱連魁(Chee Ling Qua)である。

若い頃、彼の演技を見た慶親王の子が父に強く勧め、その結果、彼は清朝の宮廷奇術師に任じられたと伝えられている。西太后の前で演じたという記録も残る。

つまり彼は、欧米に出ていく前に、すでに自国で頂点に立っていた演者だった。

1898年、オマハ

1898年、彼はアメリカ・オマハで開かれた万国博覧会に出演する。

ここで演じた、大きな水鉢を出現させる演目が大変な評判を呼んだ。欧米の観客が、本物の中国人奇術師による本物の中国の演目を初めて目にしたわけである。

以後、彼はアメリカ、南アフリカ、ヨーロッパで公演を重ねた。東アジア出身の演者が世界的な名声を得た、最初の例である。

同時代のフーディーニは、彼を「super magician(超級のマジシャン)」と呼んだ。

名前を真似される

そして、この成功が奇妙な事態を招く。

アメリカ人の奇術師 William Ellsworth Robinson が、1900年に**チャン・リン・スー(Chung Ling Soo)**という中国人奇術師の役柄を立ち上げたのである。名前の似方は偶然ではない。ロビンソンはフーの人気を踏まえて、自らを作り直した。

本物の中国人が世界的な人気を得たのを見て、白人の演者が中国人を演じて後を追う。今日ではイエローフェイスとして問題視される構図だが、当時の欧米の舞台では「遠い国の神秘」が強い商品価値を持っていた。

1905年1月、ロンドン

1905年1月、二人はともにロンドンで公演していた。そして双方が「本家の中国人奇術師」を名乗っていた。

フーは挑戦状を出す。「チャン・リン・スーが私の20の演目のうち10を演じられるなら、あるいは私が彼の演目のいずれかを演じられなければ、1,000ポンドを支払う。」

そして対決の日が決まった。

当日、チャン・リン・スーは現れた。フーは現れなかった。

この一件がなぜそうなったのかについて、確かなことは分かっていない。当名鑑では起きた事実のみを記す。ただ結果として、模倣した側が「本家」の座を印象づける形になったことは確かである。

名鑑に入れる理由

チャン・リン・スーは、その劇的な生涯によってマジック史に大きく記録されてきた。だがその名前の元になった実在の中国人演者がいたという事実は、しばしば脇に置かれる。

チン・リン・フーは、模倣された側である。彼は自国の宮廷で頂点に立ち、自力で欧米に出て、本物の芸で観客を掴んだ。その順序を記録しておくことが、この時代を正しく伝えることになると考えている。

彼は1922年頃に世を去った。

代表的な演目・著作

  • 大きな水鉢を出現させる演目 — オマハでの評判を決定づけた
  • 西太后の宮廷での公演

年表

確認できた年のみを記載しています。

  1. 1854 北京郊外に生まれる
  2. 1898 アメリカ・オマハの万国博覧会で公演し、大きな評判を得る
  3. 1905 1月、ロンドンでチャン・リン・スーに1,000ポンドの挑戦状を送る。対決の当日、スーは現れたがフーは現れなかった
  4. 1922 この頃に死去

親子で観るときの注目ポイント

  • 自分の文化の芸を、外国の観客の前で演じるという状況を想像してみてください
  • 有名になると、真似をする人が現れます。本物と模倣をどう見分けるかは難しい問題です
  • お子さんには「本物の中国のマジシャンだった人だよ」と伝えると、歴史の見え方が変わります

このサイトでは種明かしをしません

マジックのタネや仕掛けの解説は一切掲載していません。知らないまま驚けることこそが、この芸のいちばんの価値だと考えているからです。

公式リンク

  1. Magicpedia(英語)

出典

このページの生没年と実績は、以下の資料で確認しています。

  1. Ching Ling Foo Wikipedia(英語版)
  2. Ching Ling Foo Magicpedia(Genii Magazine)
  3. Houdini called him a "super magician"… Who was Ching Ling Foo? South China Morning Post
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